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横浜地方裁判所 昭和61年(ワ)916号 判決

原告

山田悦造

右訴訟代理人弁護士

奥川貴弥

上條義昭

被告

横浜乗馬倶楽部

右代表者会長

須藤英雄

右訴訟代理人弁護士

石川勲藏

主文

一  原告が被告の会員たる地位を有することを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、馬術の普及及び会員相互の親睦を目的とする権利能力なき社団である。

2  原告は昭和五七年一月一三日、入会金一〇万円を支払つて被告の会員となつた。

3  右入会によつて原告は、①被告の馬を預託してもらうこと、②会員としてビジターより安く、しかも休日でも、馬場を利用して乗馬できること、③会員としてビジターより安く乗馬の指導を受けること、④日本馬術連盟及び各都道府県馬術連盟の主催する競技に参加することができる。もし新たに、後記除名時である昭和六一年三月二日以降被告に入会するには入会金二〇万円が必要である。

4  被告は昭和六一年三月二日、被告倶楽部運営委員会の決議により原告を除名した(以下、本件除名という。)が、本件除名は無効である。

5  よつて、原告は、原告が被告の会員たる地位を有することの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実及び本件除名の事実は認める。

2  請求原因3のうち、①、②、④の事実及び新たに被告に入会するには入会金二〇万円が必要であることは認めるが、③の事実は否認する。但し、右①、②、④について会員がビジターと異なる扱いを受けても、被告の施設利用上の制限であり、これをもつて直ちに会員の権利ということはできない。

三  抗弁

1  「会員にして被告の体面を毀損し又は会員の義務を尽さざる」(以下、本件除名事由という。)者は運営委員会の決議により除名されることがある(被告倶楽部規約第九条)。

2  原告についての左記の事由が本件除名事由に該り、被告倶楽部の内部秩序に著しく違反するとして、本件除名がなされた。

(一) 原告は昭和六〇年九月二九日、勤務中の被告の事務員である訴外前田三穂子を強引に原告所有の馬に乗せ、もつて事務妨害をなした。

(二) 原告は昭和六〇年一〇月一三日、原告の右行為を注意した訴外弘田伸正(被告クラブ長兼技術指導官)に対し暴行を加え、一週間の治療を要する傷害を負わせた(以下、本件暴力という)。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  抗弁2(一)の事実中、訴外前田を原告所有の馬に乗せたことは認めるが、その余の事実は否認する。原告が同人を馬に乗せた事情は後記五1記載のとおりである。

3  抗弁2(二)の事実は認める。

五  再抗弁

1  本件暴力を挑発したのは、以下に述べるとおり訴外弘田である。

原告は、腰椎横突起骨折等で六〇日間の入院生活を終えて昭和六〇年九月一八日に退院し、同月二九日午前一一時頃退院後初めて被告倶楽部へ行つたのであるが、訴外木曽敏彦と同人の妻も一緒であつた。原告は被告倶楽部に馬を二頭預けてあり、馬は一日に一回運動しなければならないので、一頭は訴外木曽に乗つてもらつたが、もう一頭については自分は退院後まもないので乗れないため会員を待つていた。しかし午後四時頃になつても誰も来ないので、事務員兼教官助手の訴外前田に前から馬術を教えてくれと頼まれていたので、ちようどよい機会と考え馬の運動を兼ねて教えてやろうと思い、同人に乗つてくれるよう頼んだところ快く引き受けてくれたので、馬場へ出て指導していた。

二〇分くらいたつと訴外弘田が自分の馬に乗つて馬場へ出てきて、いきなり原告に対し「山田さん、困るね。」とどなつた。原告はなんでどなられたのかと怒りを感じたが、指導中なのでそのまま黙つていた。

指導が終わつてから原告は訴外弘田に対し「なんでいけないんだ。」と尋ねると、訴外弘田は「事務員は乗せてはいけないことになつている。」と答えた。原告は「自分は運営委員だけれど、事務員を乗せてはいけないなんて聞いたことはない。大体、先輩でもあり運営委員でもありお客さんでもある人に対して馬上からどなるとは何だ。」と言つた。すると訴外弘田は「事務員を乗せてはいけないことになつている。」と言うので、原告は「私は退院後間もないから馬には乗れないが、馬は運動しなければならない。雨は降つてくるし、夕暮は迫つてくる。誰もいないから仕方なく事務員に乗つてもらつて指導したんだ。」と言つたが、訴外弘田はいろいろな理屈を言つて議論が長くなつた。そこで運営委員長河井の許可をとつてある旨言うと訴外弘田は黙つてしまつた。

その二週間後の一〇月一三日午前一一時頃訴外木曽夫婦と被告倶楽部へ行き雑談していたところ、一一時半頃訴外弘田がやつて来ていきなり「山田さん、この間嘘を言つたね。河井さんに聞いたら、乗つていいなんて言わなかつたと言つている。なんでそんな嘘を言うんだ。」と原告に迫つたので、原告が「そうでも言わなければ議論が長くなつてしようがないから方便として言つたんだ。そんな小さなことではなくて、もつと外に恨みがあるんじやないか。」と言うと、訴外弘田は「ちつとも大先輩らしくしてくれない。」と答えた。そこで原告は「君に今まで何だかんだ言つたことがあるか。大体、あんなに雨が降つている夕方には馬に乗ろうと思つても、私は長い間入院していたから乗れない。その状況を判断してくれれば、君の顔をつぶしたわけでもないのに、お礼を言われるとも馬上からどなられる理由はないはずだ。」と言つた。ところが訴外弘田は「お礼なんてとんでもない。決まつた規則は天皇陛下でも守らせる。」と言うので、原告は「こんなくだらないことに畏れ多くも天皇陛下の名前をだすとは何だ。おまえのような奴は性根が腐つている。」と言つて頬に手拳で一撃(一回殴打)を加えたのである。

2  以上の事実からすれば、まず、九月二九日の件については、被告倶楽部には事務員等を乗馬させてはならないという規則はないこと、訴外弘田は原告が病気のため乗馬できない状況にあつたことを知つていたこと、被告に馬を預けた者が馬を運動させることは預けた者の責任・義務であること、従業員たる訴外弘田が客である原告に暴言をあびせたこと等からみて、少なくとも事件の発端においては一方的に訴外弘田に非があつたことは明白であり、さらに、一〇月一三日の件についても、常軌を逸した同人の暴言が原因となつているから、原告の訴外弘田に対する本件暴力をもつて、除名にするのは余りに重い処分であり、均衡を欠くものとして本件除名は無効である。

3  さらに、本件除名の真の理由は前記三2(一)(二)記載の除名事由にあるのではない。すなわち、本件暴力事件発生後被告倶楽部会長須藤英雄は、本件暴力事件を訴外弘田と原告の個人的なけんかとして円満解決のため右両人の仲に入り仲直りさせ、一〇月一九日一件落着したのであるが、その後の一一月一三日原告が市の緑政局に被告の施設許可の件で話しに行つたことを、右須藤において原告が被告に圧力をかけ右須藤らを誹謗したものと誤解した結果、本件除名がなされたもので、本件暴力事件とは無関係の、誤解に基づく報復である。かかる実質上の除名理由(真の理由)は除名の理由たりえないので、この点からも本件除名は無効である。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁1の事実中、原告は昭和六〇年九月二九日午前一一時頃被告倶楽部へ行つたこと、原告は被告倶楽部に馬を二頭預けてあつたこと、同日午後四時頃原告は事務員訴外前田を馬に乗せて指導したこと、その二〇分後原告は訴外弘田と口論したこと及び同年一〇月一三日原告が訴外弘田と口論のうえ同人の顔面を殴打したこと、同3の事実中、本件暴力事件後被告倶楽部会長須藤が原告と訴外弘田を引き合わせたことは認め、同1の事実中、原告が六〇日間の入院生活を終えて同年九月一八日に退院したこと、同3の事実中、原告が同年一一月一三日市の緑政局に被告の施設許可の件で話しに行つたことは不知、その余の再抗弁事実は否認し、主張は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1、2の事実及び本件除名の事実は当事者間に争いがない。

二請求原因3①、②、④の事実及び新たに入会するには入会金二〇万円が必要であることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、右の四点は被告の会員になることの利益・特典であることが認められるので、その余の点について判断するまでもなく右会員の地位確認の利益が認められる。

三抗弁について判断する。

1  抗弁1の事実(本件除名事由)は当事者間に争いがないところ、被告は本件暴力等が本件除名事由に該当する旨主張するので検討する。

2  まず、原告が事務員訴外前田を原告所有の馬に乗せた事実は当事者間に争いがないところ、それが強引になされ、事務が妨害されたとの点についてはこれを認めるに足りる証拠がない。そして、〈証拠〉によれば、被告倶楽部においては、会員が自己所有の馬に非会員を乗せることを禁止しているわけではなく、事務員を乗せることもマナー上の問題はあるにしても規則上・管理上特に禁じられていることではないことが認められるから、これによれば、原告が訴外前田を原告所有の馬に乗せた事実をもつて直ちに「被告の体面を毀損し」たとか、「会員の義務を尽さざる」とかいうことはできず、右事実をもつて本件除名事由に該るとする被告主張は採用できない。

3  次に、原告が訴外弘田に対し暴行を加え、一週間の治療を要する傷害を負わせた事実(本件暴力)については当事者間に争いがないところ、〈証拠〉によれば、被告は乗馬スポーツの普及発展と乗馬愛好者の親睦を図るを目的としていることが認められるから、右目的の趣旨に鑑みると、本件暴力のごとき他人を傷つける行為は、前記規約第九条の「被告の体面を毀損し又は会員の義務を尽さざる」(本件除名事由)行為に該ると考えられる。したがつて、本件暴力をもつて本件除名事由に該るとする被告主張は理由がある。

四進んで、再抗弁について判断する。

1  ところで、本件除名事由を規定している前記規約第九条によれば、本件除名事由が存する場合でも除名するか否かは、同条の文言上被告倶楽部運営委員会の裁量に委ねられているものと解せられるのであるが、かかる場合においても、除名という会員としての身分を剥奪する効果を生ぜしめる処分の性質上、具体的事情の下において、当該除名が客観的に合理的理由を欠き、社会通念上相当として是認できないときには無効になるものと解するのが相当である。

2  そこで、本件除名における具体的事情として、本件暴力事件に至る経緯について考察するに、再抗弁1の事実中、原告は昭和六〇年九月二九日午前一一時頃被告倶楽部へ行つたこと、原告は被告倶楽部に馬を二頭預けてあつたこと、同日午後四時頃原告は事務員訴外前田を馬に乗せて指導したこと、その二〇分後原告は訴外弘田と口論したこと及び同年一〇月一三日原告が訴外弘田と口論のうえ同人の顔面を殴打したことは当事者間に争いがなく、右争いがない事実に、〈証拠〉を総合すれば、再抗弁1の事実中のその余の事実、同年五月頃原告の馬が病気になつて獣医に見せた際の訴外弘田と獣医の飲食代の負担をめぐつて原告と訴外弘田との間に意見のくい違いがあつたことなどから同人は原告に対し悪感情を持つていたことを認めることができ、〈証拠〉中右認定に反する各記載部分及び同証人の証言中右認定に反する供述部分はいずれも前掲各証拠と対比してにわかに措信し難く、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

3  右認定の本件暴力事件に至つた経緯によれば、訴外弘田は以前から原告に対し良い感情を持つていなかつたこともあつて、前記三2に認定のとおり、会員が自己所有の馬に事務員を乗せることについては規則上・管理上必ずしも禁止されてはいないにも拘らず、原告が事務員訴外前田を馬に乗せて指導している状況を目撃するや、その間の事情も確かめずに、いきなり原告をどなつて注意し、さらに本件暴力事件当日も右紛争をむし返して口論に及び、結局、暴力を挑発するような態度をとつたものということができ、かかる事情の下に、原告が気持を抑え切れずに本件暴力に至つたものというべきである。そうだとすれば、原告の本件暴力は確かに好ましいものではないが、右の経緯からすれば、本件暴力は要するに、私的な感情に基づく口論・けんかの末の暴力であり、被告倶楽部における乗馬スポーツの普及発展及び乗馬愛好者の親睦を図るとの目的(前記三3)並びに被告倶楽部の事業との関連性も希薄であるから、原告の本件暴力をとらえて「被告の体面を毀損し」又は「会員の義務を尽さざる」ものとして原告を除名にすることは、右認定の原告の行為(本件暴力の程度・態様・動機を含む。)との均衡を失し、引いては客観的に合理的理由を欠くこととなり、社会通念上も相当として是認し難いこととなるから、本件除名は無効であるといわざるをえない(なお、前記三2で説示したとおり、原告が勤務中の事務員訴外前田を強引に原告所有の馬に乗せ、もつて事務妨害をなしたとの事由の存在は認め難く、また、右乗馬の事実のみをもつて本件除名事由に該るとはいえないのであるから、本件除名は被告主張の右除名事由が肯認されない点においても無効とする余地がある。)。

4  以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、再抗弁は理由がある。

三以上の事実によれば、本訴請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官樋口直)

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